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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)3310号 判決 1985年7月29日

原告 石田文男

右訴訟代理人弁護士 鷲見弘

同 大脇保彦

同 大脇雅子

同 飯田泰啓

同 長縄薫

同 名倉卓二

同 初鹿野正

右輔佐人弁理士 岡田英彦

同 清水義久

同 大儀武夫

同 小玉秀男

被告 山岡金属工業株式会社

右代表者代表取締役 山岡正広

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 高野裕士

右被告ら輔佐人弁護士 半井政夫

主文

一  被告山岡金属工業株式会社は、別紙(イ)号図面及び説明書に記載のブランコを製造し、販売してはならない。

二  被告山岡金属工業株式会社は、その本店、営業所及び工場に存する前項のブランコ(完成品)並びにその半製品を廃棄せよ。

三  被告山岡金属工業株式会社は原告に対し、金一一四万円及びこれに対する昭和五五年一月二四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告山岡金属工業株式会社に対するその余の請求及び被告山岡正広に対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを一二分し、その一を被告山岡金属工業株式会社の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決の第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告山岡金属工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、別紙(イ)ないし(ヲ)の各号図面及び説明書に各記載の各ブランコ(以下、別紙(イ)号図面及び説明書に記載のブランコを「イ号ブランコ」といい、同様に、同(ロ)ないし(ヲ)の各号図面及び説明書に各記載の各ブランコを、同各号図面及び説明書の表示にあわせて「ロ号ブランコ」ないし「ヲ号ブランコ」という。)を製造し、販売してはならない。

2  被告会社は、その本店、営業所及び工場に存する前項の各ブランコ(完成品)並びにその半製品を廃棄せよ。

3  被告らは、各自原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は左記登録意匠(以下「本件登録意匠」という。)の意匠権(以下「本件意匠権」という。)者である。

(一) 登録番号 第三一六六五四号

(二) 出願日 昭和四三年一二月一三日

(意願昭四三―三七七一二)

(三) 登録日 昭和四五年六月四日

(四) 意匠に係る物品 ぶらんこ

(五) 登録意匠 別紙意匠公報(一)図面代用写真のとおり

2  原告は、本件登録意匠と合体した左記(一)ないし(三)の類似意匠権の権利者である。

(一)A 登録番号 第三一六六五四の類似一

B 出願日 昭和五一年四月一五日

C 登録日 昭和五三年七月一〇日

D 意匠に係る物品 ぶらんこ

E 登録意匠 別紙意匠公報(二)図面代用写真のとおり

(二)A 登録番号 第三一六六五四の類似二

B 出願日、登録日、意匠に係る物品は、(一)に同じ

C 登録意匠 別紙意匠公報(三)図面代用写真のとおり

(三)A 登録番号 第三一六六五四の類似三

B 出願日、登録日、意匠に係る物品は(一)に同じ

C 登録意匠 別紙意匠公報図面代用写真のとおり

3  本件登録意匠についての基本的な形状について

(一) 意匠法によれば、登録意匠の範囲は、「願書の記載及び願書に添付した図面に記載され又は願書に添付した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基づいて定めなければならない。」(意匠法第二四条)と規定され、また、意匠とは、「物品の形状、模様もしくは色彩またはこれらの結合であって視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」(意匠法第二条)と規定されている。そして、その美感としての意匠の判断、すなわち登録意匠の判断は当然に視覚による全体観察により総合的になされるものである。

(二) かかる観点からすれば、本件登録意匠における特徴とも言い得る基本的な形状は「(a―1)正面図において二人乗りぶらんこが向いあっていること。(a―2)正面図において、左右の支枠杆は上部に蝶番で連絡され、略A型をなしていること。(a―3)正面図において、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は略A型の支枠杆より怒り肩状に左右へそれぞれ水平に突出していること。(b)右側図面において、左右の支枠杆は上端部に水平があり、下部になるにしたがって末広状になり、且つ下端部寄りに補強杆を連着して全体として台形をなし、安定感を与えていること。(c―1)平面図、底面図において、略型であること。(c―2)底面図において、ぶらんこの保持杆がほぼ四角形であること。」にあるものということができる。

そして、右各基本的な構成要素の組み合わせにおいて本件登録意匠には「ぶらんこ」全体としてこれまでにない新規な意匠、すなわち意匠的特徴があるというべきである。

4  被告会社は、ブランコ等遊具の製造販売を目的とする株式会社であるが、昭和四六年項から、イ号ないしヲ号ブランコを業として製造販売している。

5  イ号ないしヲ号ブランコの各意匠は、イ号ないしヲ号図面のとおりであるが、右各意匠は、次のとおり本件意匠の権利範囲に属する(イ号ないしリ号ブランコ)か、或いはこれと利用関係に立つ(ヌ号ないしヲ号ブランコ)。

(一) イ号ブランコについて

① イ号ブランコの意匠は本件登録意匠の前述した意匠的特徴の「(a―1)正面図において、二人乗りぶらんこが向いあっていること。(a―2)正面図において、左右の支枠杆は上部に蝶番で連絡され、略A型をなしていること。(a―3)正面図において、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は略A型の支枠杆より怒り肩状に左右へそれぞれ水平に突出していること。(b)右側面図において、左右の支枠杆は上端部に水平があり、下部になるにしたがって末広状になり、且つ下端部寄りに補強杆を連着して全体として台形をなし、安定感を与えていること。(c―1)平面図、底面図において、略型であること。(c―2)底面図において、ぶらんこの保持杆がほぼ四角型であること。」とことごとく同一であって、類似する意匠であること明らかである。

(二) ロ号ブランコないしヲ号ブランコについて

① 本件登録意匠の特徴的意匠は前述したとおりであり、これに対し、ロ号ブランコないしヲ号ブランコの各意匠との相違点は、(Ⅰ)支枠杆のみの形状、(Ⅱ)支枠杆の頂部の円形筐体の有無、にとどまるもので、その他の形状(形態)は本件登録意匠の前述した特徴的意匠と概ね同一である。

② しかるに、右(Ⅰ)、(Ⅱ)の相違点にあっては、その完成品としての全体の外観形状(形態)を対比したとき、(Ⅰ)における支枠杆の水平杆が上方に位置され、かつ(Ⅱ)における円形筐体の有無が意匠として大きな特徴とはなり得ない。したがって、他の点の同一性と相まって、全体として両者は類似するものである。

すなわち、ロ号ブランコないしヲ号ブランコは、いずれも支枠杆の頂部に近い位置に二本の補強杆が水平に支枠杆を連絡する形で存在するため、全体として支枠杆の側面図の形状を比較するとほぼ型となり、保持杆との関係についても、保持杆の上方にこれと平行な横杆が存在するという構成となり、いずれも本件登録意匠と共通する。そして、これによって、支枠杆全体の形状に安定した強固な感じをもたらしているのに対し、このように、支枠杆に上辺水平部ないし補強杆に該るものを有する(側面図の形状でいえば保持杆の上方に支枠杆を結ぶ横杆が存在するもの)ブランコは従来存しなかったのであるから、右支枠杆のみの形状の差異は重要な差異ではない。また、本件登録意匠とロ号ブランコないしヲ号ブランコは主要な構成や形状はすべて共通にしており、円形筐体は、他の点において数多く共通する両者間ではさして顕著な存在ではなくなっている。

③ なお、ヌ号ブランコないしヲ号ブランコは、右のほか「日除け」や「ほろ」を有するが、本件登録意匠を基本的に利用するものであり、本件登録意匠と利用関係に立つものである。

従って、被告会社がイ号ないしヲ号ブランコを製造、販売する行為は、原告の本件意匠権を侵害する。

6(一)  被告会社は、イ号ないしヲ号ブランコを別表一記載の各期間中に同表記載のとおり製造、販売した。

(二) 被告会社は、遊具等については大手メーカーであり、その関係商品の技術、意匠等については常に充分な関係を持っていたことは当然であり、原告は、昭和五〇年一〇月頃よりたびたび被告会社に対し本件意匠権侵害の事実を指摘し、イ号ないしヲ号ブランコの製造販売の差止めを求める警告をしたから、被告会社には、イ号物件を製造、販売して本件意匠権を侵害するについて故意若しくは重大な過失がある。

(三) 原告は、被告会社の右侵害行為によって少くとも本件意匠権の実施料相当の損害を蒙ったものというべきところ、本件意匠権の実施料相当額は平均販売価格の三パーセントを下廻ることはないから、原告の蒙った損害は別表一記載の売上金額合計一七億一一〇〇万円の三パーセントに該る金五一三三万円を下廻ることはなく、被告会社は右と同額の利得をした。

(四) 被告山岡正広は、被告会社の代表取締役であり、同会社の経営全搬を掌理するものであるが、被告会社が前記のとおり本件意匠権を侵害していることを知悉しながら、且つ、原告の前記警告にもかかわらず、イ号ないしヲ号ブランコの製造、販売を継続させてきた。

従って、被告山岡正広は商法二六六条の三に基き、原告に対して被告会社が与えた前記損害を賠償する義務がある。

7  よって原告は、被告会社に対しては、意匠法三七条一、二項に基き、イ号ないしヲ号ブランコの製造販売の停止並びにその本店、営業所及び工場に存するイ号ないしヲ号ブランコの完成品及び半製品の廃棄を、損害の賠償として、被告会社について民法七〇九条若しくは同法七〇四条、被告山岡正広については商法二六六条の三に各基き、前記実施料相当額金五一三三万円の内金二〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年一月二四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを各求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(認否)

1 請求原因1、2の事実は不知。

2 同3は争う。

3 同4の事実は認める。

4 同5のうち、イ号ないしヲ号ブランコの各意匠がイ号ないしヲ号図面のとおりであることは認めるが、その余は争う。

5 同6について

(一) 同6(一)は認める。

(二) 同6(二)、(三)は否認ないし争う。

(三) 同6(四)のうち、被告山岡正広が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は争う。

6 同7は争う。

(主張)

1 原告主張の本件登録意匠の各基本的形状はすべて公知の形状であり何らの新規性もない。

以下、折畳式ぶらんこの基本的形状とその歴史的変遷について略述すると、

(一) 折畳式ぶらんこは昭和の初期から市場に現れ一般の幼児の使用に供されていた。例えば、実公昭九―第一〇四八八号実用新案公報、実公昭一四―第二〇〇四一号実用新案公報によると既にこの頃、現在の折畳式ぶらんこの原型と見られるものの基本的形状が現われている。

すなわち、折畳式ぶらんこは基本的には、外部支持構造とそれに取付けられた向い合せの腰掛けブランコにより構成されており外部支持構造については次の二通りの方法がある。

第一は別紙第一図の形状(実公昭九―第一〇四八八号の形状)であり、構造的には、二本の支枠杆の先端をそれぞれ蝶番で連結された支枠杆二組の外部支持構造に向い合せの腰掛ブランコが取付けられたものである。これを正面から見ると三角形状(切妻屋根型或いはA型)であり、側面から見ると上部がH型である。

第二は別紙第二図の形状(実公昭一四―第二〇〇四一号の形状)であり、構造的には逆U字型の支枠杆二組の上辺を蝶番で連結した外部支持構造に向い合せの腰掛ブランコが取付けられている。

これを正面から見ると三角形状(切妻屋根型或いはA型)であり、側面から見ると逆U字型である。

(二) そして、昭和初期から現在に至る間、折畳式ぶらんこは、およそ右二つの形体を源流としてそれぞれ部分的な形状の洗練化がみられるに過ぎないのであるところ、原告が本件登録意匠の各基本的形状として主張する特徴をすべて備えた折畳式ブランコ(その形状は別紙第三図のとおり)は、本件登録意匠の出願前である昭和四二年一月頃及び同年二月頃から須恵広工業株式会社によって全国的に販売されていた。

なお、従来は二人乗りブランコの揺動部は直接支枠杆に取り付けるか、もしくは支枠杆と支枠杆を直線で結んだ連結杆にとりつけていたが、この方法によると相対向して取り付けられる腰掛のため、これを吊り下げる両揺動用枠の間隔を広くする必要があり、そのために支枠杆の高さも高くしなければならなかった。そして、昭和四二年に須恵広工業株式会社が揺動部を吊り下げる右の連結杆を支枠杆の外側に張り出す、いわゆる新しい「保持杆」を考えだした。これにより、支枠杆はそれほど高くしなくとも一定の大きさの揺動部を吊り下げることができるようになり、以後、新しい保持杆による揺動部のつり下げ方式は当業界に公知となり一般化された。

この新しい保持杆をもちいると、二人乗りブランコの正背面の切妻屋根型の形に加えて、保持杆が支枠杆の外部に張り出すいわゆる「怒り肩形状」()が特徴的にあらわれるのである(別紙第三図参照)。

2 原告は、その主張の各基本的形状の組み合わせに本件登録意匠の意匠的特徴がある旨主張するが、右各基本的形状は前記のとおりいずれも公知のものであるところ、公知公用に属する各部分を従来の使用方法とは変え、使用形状を変化させることにより全体的にみて新規な意匠を創作することはあり得ても、公知公用に属する各部分を従来と同じ使用形態で組み立てた製品は従来の製品と同じ製品しかできないのであるから、その製品は全体的にみても新規な意匠の創作ではあり得ない。

そして、意匠の侵害の有無を判断する場合は、登録意匠からも対象物品の意匠からも、公知の意匠や、物品の機能に由来する、当然の形状を除外して、それ以外の部分を両意匠の要部と認定し、その要部同士を、比較することによって、両者の類似を、判断すべきである。

すなわち、意匠権の侵害の有無を判断する場合においては、登録意匠と対象物品の意匠との単なる類似が問題でなく、登録意匠について、如何なる範囲の保護を与えるのが、意匠権者と第三者との公平に適うかの観点が、重要な問題であり、登録意匠中に公知の意匠や、物品の機能に由来する当然の形状が含まれている場合には、その部分は当該登録意匠の創作者の創作部分とはいい難く、従って、その部分につき意匠法による保護を与えるのは適当でない。創作の無い公知形状や物品の機能に由来する当然の形状について、第三者に損害金を請求したり、第三者の自由な製造販売の活動を差し止めすることができないのは当然だからである。

3 前記1、2からすれば、本件登録意匠の要部は、逆U字型支枠杆の頂部を突き合わせた骨組の点にのみ存するものというべきである。すなわち、折畳式二人乗りぶらんこは、支枠杆(支持構造)とそれに取付られた向い合せの腰掛ブランコにより構成されているが、後者はさらに支枠杆に取付ける保持杆及びこの保持杆から吊り下げられる揺動用枠、踏板、腰掛(背モタレ・座部)によって構成されている。

そして、本件登録意匠の支枠杆を除く部分(保持杆、揺動用枠、踏板、腰掛)はすべて本件登録意匠出願前に公然使用されていたから、本件登録意匠の右部分は特徴のある新規な意匠を構成する部分ではない。

また、原告主張の各基本的形状及びその組合わせが本件登録意匠の要部でないことは前記のとおりである。

一方、二人乗りぶらんこを構成する支枠杆は最も大きな部分であり、ぶらんこの骨格を成すものであるから、支枠杆の構成形状の差異は必ず人目に付く意匠上の要部であるというべきところ、支枠杆については、本件登録意匠は、逆U字型の台形枠の上辺水平部を蝶番で連結したものである(正面からみての切妻屋根型、側面からみて上部は型をなしている)。

そして、逆U字型の支枠杆は公知のものであるから、結局、本件登録意匠は逆U字型支枠杆の頂部を突き合わせた骨組の点にのみ要部が存するものというべきである。

4 これに対して、ロ号ないしヲ号ブランコの支枠杆は、二本で一組の真直ぐな管からなる二組の管の頂部をそれぞれコンパス型に蝶番で連結し(但し蝶番で連結した部分は見えない)支枠杆の頂部より少し下の部分に補強杆を取付け、支枠杆の頂部に色彩を施した円形筐体を取付け蝶番による連結部を被覆したもの(正面からみて、頂部に円型筐体を有する型、側面からみて上部は型をなしている)である。

5 従って、本件登録意匠とロ号ないしヲ号ブランコは、その意匠上の要部である支枠杆の形状及び円形筐体の有無により看者に全く異なった意匠観を与えるものである。

また、ヌ号ないしヲ号ブランコにおける幌又は日除は、ブランコと一体として販売されているものであり、全体として一個独立の意匠をなしているものであるから、この幌又は日除の点においても、ヌ号ないしヲ号ブランコは本件登録意匠と異なる。

6 被告会社がイ号ないしヲ号を製造・販売したことにより原告が取得した不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得に基づく返還請求権は、不法行為に基づく損害賠償請求権については本件訴え提起の三年以前に、不当利得に基づく返還請求権については、被告会社の不当利得は商行為に基づくものであるから本件訴え提起の五年以前に被告会社が製造・販売したイ号物件ないしヲ号物件に関するものについては既に時効により消滅している。

被告らは右消滅時効を援用する。

7 被告会社は、本件登録意匠の存在を知らずに、イ号ブランコを製造・販売したが、意匠公報で本件登録意匠の存在を知り、原告から警告を受ける前に自発的にその製造・販売を停止した。

したがって、被告会社には、イ号ブランコを製造・販売するについて本件登録意匠を侵害することの故意又は重大な過失は存しなかったのであり、イ号ブランコの製造・販売による損害賠償の額を定めるについては意匠法三九条三項の規定が適用されるべきである。

三  被告らの主張に対する原告の反論

被告らの主張はすべて争う。

なお、不当利得返還請求権については商法五二三条の適用はないから、右請求権について商事時効である五年の消滅時効を援用する被告らの主張は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1、2の事実を認めることができる(右認定に反する証拠はない。)。

二  そこで、本件登録意匠の要部について判断する。

1  原告は、本件登録意匠の基本的形状として、(a―1)正面図において、二人乗りぶらんこが向いあっていること。(a―2)正面図において、左右の支枠杆は上部に蝶番で連結され、略A型をなしていること。(a―3)正面図において、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は略A型の支枠杆より怒り肩状に左右へそれぞれ水平に突出していること。(b)右側面図において、左右の支枠杆は上端部に水平があり、下部になるにしたがって末広状になり、且つ下端部寄りに補強杆を連着して全体として台形をなし、安定感を与えていること。(c―1)平面図、底面図において、略型であること。(c―2)底面図において、ぶらんこの保持杆がほぼ四角形であること。を各主張し、右各基本的な構成要素の組み合わせにおいて意匠的特徴がある旨主張するところ、前記認定の本件登録意匠(別紙意匠公報(一)図面代用写真のとおり)によれば、原告主張の右各基本的形状を本件登録意匠が有していることはこれを認めることができる(但し、a―2の蝶番は、これを有するものと認めることはできない。)。

しかしながら、原告主張の右各基本的形状の組み合わせをもって、ただちに本件登録意匠の要部とみることはできない。なぜならば、本件登録意匠に係る物品(ぶらんこ)は、これを立設して使用するものであり、底面あるいは上面からぶらんこを視ることは通常あり得ないことであるから、底面若しくは平面における形状は比較的看者の注意を惹くことはないものと考えられるからである。その意味で右各基本的形状のうち、(c―1)平面図、底面図において、略型であること。(c―2)底面図において、ぶらんこの保持杆がほぼ四角形であること。は、いずれもこれを本件登録意匠の要部というべきではない。

次に、被告は、本件登録意匠の要部として原告が主張する各基本的形状は、いずれも本件登録意匠の出願時においていずれも公知のものであった旨主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によれば、右原告主張の個々の基本的形状は、いずれも本件登録意匠出願時において公知であったことを認めることができるが、同時に、次のとおり、右各形状自体は、いずれも、ぶらんこに必須の構成とは認められない。すなわち、

二人乗りぶらんこは、通常、外部支持構造(支枠杆)、ぶらんこ(腰掛)を吊設する保持杆及び保持杆から吊設されるぶらんこ(腰掛)から構成される(本件登録意匠に係るぶらんこ及びイ号ないしヲ号ブランコのいずれも右各構成を有していることは、前記認定の本件登録意匠及び後記イ号ないしヲ号ブランコの各意匠並びにイ号及びヲ号ブランコを説明したものであることに争いのないイ号及びヲ号ブランコの各説明書により明らかであるが、右の各構成自体は右のとおりありふれた構成であるから、右構成を有することは意匠の類否判断をする上で、重要でないことは勿論である。)が、まず外部支持構造については、折畳式のものとしては(1)二本の支枠杆の先端をそれぞれ蝶番で連結した二組の外部支持構造を有するもの(正面からみて略A型となり、側面からみて上端部に水平部分を有しない。)と(別紙第一図参照)、(2)逆U字型もしくは台形状の二本の支枠杆の各上辺部を蝶番で連結したもの(正面からみて略A型となり、側面からみて上端部に水平部分を有する。)と(別紙第二図参照)に大別されるが、固定式(組立式)のものにあっては、二本の支枠杆を直接連結することなく、補強管によって固定するものも存する(正面からみて略A型にはならない。)こと、次に、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は、(1)支枠杆から怒り肩状に突出するもののほか、(2)支枠杆から全く突出しないものもあり、(3)折畳式でなく固定式のものには保持杆が存しないものもあること、更に、保持杆から吊設されるぶらんこは、折畳式の場合、二つの腰掛部分が向かいあわせになることが通常であるが、固定式の場合、二つの腰掛部分が一体となるもの、横に並列するもの等があることなどからすると、原告主張の前記各基本的形状のうち、(a―1)正面図において、二人乗りぶらんこが向いあっていること。(a―2)正面図において、左右の支枠杆は上部にて連結され、略A型をなしていること。(a―3)正面図において、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は略A型の支持杆より怒り肩状に左右へそれぞれ水平に突出していること。(b)右側面図において、左右の支枠杆は上端部に水平があり、下部になるにしたがって末広状になり、且つ下端部寄りに補強杆を連着して全体として台形をなし、安定感を与えていること。はいずれも、ぶらんこに必須の構成ではないことが認められる(なお、右a―1及びa―2は、折畳式二人乗ぶらんこにあっては必須の構成であると考えられるが、本件登録意匠に係る物品は単なるぶらんこであるから、右は前記判断を左右するものではない。)。

被告は、右各形状をすべて備えたぶらんこが、本件登録意匠の出願前である昭和四二年一月頃及び同年二月頃から須恵広工業株式会社によって全国的に販売されていた旨主張するが、《証拠省略》によれば、須恵広工業が昭和四二年一月頃から製造販売していたぶらんこは、別紙第三図の如き形状をしているものであって、前記本件登録意匠の基本的形状(a―1、a―2、a―3、b)の組み合わせをすべて備えているとはいえないことが明らかであるから、被告の右主張は失当というほかはなく、本件全証拠によっても、他に本件登録意匠の出願前において、右本件登録意匠の要部の組み合わせをすべて備えたぶらんこが存した形跡を窺うことはできない。

従って、本件登録意匠出願前において、右各基本的形状を組み合わせたぶらんこは存在しなかったというべきであるから、右各基本的形状(a―1、a―2、a―3、b)の組み合わせにより本件登録意匠は全体として新規性を有するものというべきである(他に本件登録意匠において要部と認むべき部分は存しない。)。

三  請求原因4の事実は当事者間に争いがないので、以下、本件登録意匠の前記認定の要部とイ号ないしヲ号ブランコを対比する。

1  イ号ブランコについて

イ号ブランコがイ号図面に記載のとおりの意匠を有することは当事者間に争いがないところ、右イ号図面によれば、イ号ブランコが前記(a―1)、(a―2)、(a―3)、(b)の各要部を備えていることは明らかであるから、イ号ブランコは、本件登録意匠に類似する意匠を有するものであるというべきである。

2  ロ号ブランコないしヲ号ブランコについて

ロ号ブランコないしヲ号ブランコがロ号ないしヲ号図面に各記載のとおりの意匠を有することは当事者間に争いがないところ、右各ブランコは、いずれも、(1)正面図において、二人乗りぶらんこが向いあっていること、(2)正面図において、左右の支枠杆は上部にて連結され、略A型をなしていること(なお、この点については更に後述する。)、(3)正面図において、ぶらんこを吊設した左右の保持杆は略A型の支枠杆より怒り肩状に左右にそれぞれ水平に突出していることの各点において本件登録意匠の要部である(a―1)、(a―2)、及び(a―3)と同様であるが、(1)右側面において左右の支枠杆の上端部に水平部分はなく、上端部寄りに補強杆を連着している点及び(2)支枠杆の頂部に蝶番を覆う円盤形の箱体を有する点(いずれもロ号ないしヲ号図面説明書参照)において本件登録意匠と異なるものである。

そこで、右相違点について考察するに、右(1)の相違は、ぶらんこの外部支持構造(支枠杆)の構成の違いに由来するものであることは明らかである。すなわち、折畳式二人乗りぶらんこ(ロ号ないしヲ号ブランコが折畳式二人乗りぶらんこであることは、ロ号ないしヲ号図面説明書及び弁論の全趣旨により明らかである。)にあっては、①二本の支枠杆の先端をそれぞれ蝶番で連結した二組の外部支持構造を有するもの(正面からみて略A型となり、側面からみて上端部に水平部分を有しない。)と②逆U字型もしくは台形状の二本の支枠杆の各上辺部を蝶番で連結したもの(正面からみて略A型となり、側面からみて上端部に水平を有する。)との二つの外部支持構造が存することは前記のとおりであるところ、ロ号ないしヲ号ブランコの外部支持構造が右①に属するものであることは前説示及びロ号ないしヲ号図面説明書によりこれを認めることができるところ、本件登録意匠は蝶番の有無は別として、逆U字型の二本の支枠杆各上辺部を連結して成るものであることは本件登録意匠の範囲である図面代用写真(別紙意匠公報(一)参照)により明らかであって、本件登録意匠の外部支持構造は右②に属するものということができる。

そして、このような構成の違いは、看者において直ちに認識し得る事柄であり、ぶらんこの外部支持構造から受ける安定感に大きく影響するものであることも当然である。

原告はロ号ないしヲ号ブランコは、いずれも、支枠杆の頂部に近い位置に二本の補強杆が水平に支枠杆を連結する形で存在するため、全体として支枠杆の側面図の形状はほぼ型となり、本件登録意匠と共通する旨主張するが、本件登録意匠の要部は、支枠杆の上端部に水平部分を有し、当該水平部分にて逆U字型の支枠杆を連結することにあるものであることは前説示のとおりであり、側面図における形状は右支枠杆の連結方法についての観点からもみるべきものであるから、原告の右主張は失当である(なお、ロ号ないしヲ号図面によれば、ロ号ないしヲ号ブランコは、ほぼ型というよりは、ほぼ型というべきものである。)。

次に、前記(2)の相違である円形箱体の有無であるが、右円形箱体は、ロ号ないしヲ号ブランコ全体の大きさ及びその存在位置からしてかなり目立つものといわざるを得ないものであり、意匠上も大きな特徴となっているものということができる。そして、前記のとおり、ロ号ないしヲ号ブランコは、正面図において左右の支枠杆が上部にて連結され、略A型をなしているものの、右円形箱体の存在により略A型の頂点が強調される結果、むしろ略A型の印象は薄れ略型ともいうべき印象を与えるに至っているものということができる。

以上の共通点及び相違点を彼此総合して全体的に観察すれば、本件登録意匠とロ号ないしヲ号ブランコとは相互に非類似であるというべきである。

なお、この点の判断については、前記のとおり、本件登録意匠の個々の基本的形状は、出願時において、いずれも公知のものであって、本件登録意匠は前記各要部の組み合わせにおいて新規性を有するにすぎないものであることに留意すべきである。本件登録意匠が右各要部の組み合わせにおいてのみ新規性が存するものである以上、各要部の個々が共通することは、むしろ当然のことであり、殊に前説示の如く、正面図において、二人乗りのぶらんこが向かいあっていること(a―1)や、左右の支枠杆が略A型をなしていること(a―2)は折畳み式ぶらんこにおいては必須の構成ともいうべきことを考えれば、その余の各要部について前記の如き相違点が認められる以上、これを類似するものとみることは到底できない。また、前記本件登録意匠と合体とした各類似意匠は、すべて、右と同様の理由によりロ号ないしヲ号ブランコと非類似である。

三  次に、被告らは、被告会社がイ号ブランコを製造、販売したことによる損害賠償義務及び不当利得返還債務は、いずれも時効により消滅した旨主張し、これを援用するので、この点について検討すると、原告が本件訴えにおいて被告会社がイ号ブランコを製造、販売した時期(不法行為時)として主張するのが、昭和四六、四七年の両年であることはその主張に徴して明らかであり、右不法行為時からして本件訴え提起時に既に右不法行為に基づく損害賠償請求権について時効が完成していたことは暦算上明らかである(原告が昭和五〇年一〇月ころに被告会社にイ号ブランコについて警告をしたことは原告の自認するところであり、右よりすれば、原告はその頃までには、被告会社がイ号ブランコを製造、販売していた事実を知ったものというべきである。)から、被告会社においてイ号物件を製造、販売して本件意匠権を侵害するについて故意または重過失が存するか否かの判断をするまでもなく、同会社に不法行為に基づく損害賠償義務は存しないというほかはなく、被告会社に右のとおり損害賠償義務が存しない以上、被告会社の代表取締役として被告山岡正広が商法二六六条の三に基づく損害賠償義務を負担するいわれは何ら存しないものである。

不当利得返還請求権について考えるに、原告の主張する不当利得は、被告会社が原告に実施料を支払わずにイ号ブランコを製造、販売したことにより被告会社が利得した実施料相当額であるところ、右が商行為に因り生じたものではないことは明らかであるから、右利得の返還請求権の時効期間については商法五二三条の適用はないものと解され、一般の債権の消滅時効期間に服するものというべきである。従って、前記イ号ブランコの製造、販売時に被告会社が実施料相当額の利得をしたことを前提とする原告主張の不当利得返還請求権について時効が完成していないことは暦算上明らかである。

四  そこで、イ号ブランコを被告会社が製造、販売したことによって、被告会社が利得した実施料相当額について判断するに、請求原因6(一)の事実は当事者間に争いがなく(合計一万三〇〇〇台、売上金額三八〇〇万円)、《証拠省略》によれば、本件意匠権の実施料相当額は平均販売価額の三パーセントを下廻ることはないものと認められる(右認定に反する証拠はない。)。

従って、被告会社の利得額は右三八〇〇万円の三パーセントに相当する金一一四万円というべきところ、右利得は、原告が右同額の実施料を受けることができなかったという損失によるものであるから、結局、被告会社は原告に対して金一一四万円の不当利得返還義務を負うものというべきである。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告会社に対してイ号ブランコの製造販売の停止並びにその本店、営業所及び工場に存するイ号ブランコの完成品及び半製品の廃棄と金一一四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年一月二四日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の被告会社に対する請求及び被告山岡正広に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤義則 裁判官 高橋利文 綿引穣)

<以下省略>

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